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あらためて行徳の製塩について学ぶ

あらためて行徳の製塩について学ぶ

かつて行徳には広大な塩田が広がっていたことを、ご存知の方も多いかと思います。
しかし今では、全くといっていいほど名残がありません。
強いて言えば本塩や塩焼、塩浜という地名ぐらいでしょうか。

市川市の北端である堀之内に、市川歴史博物館というのがあります。
そこでは中世以降の市川の歴史資料を展示しているのですが、そのなかには行徳の製塩業や海苔作りに関するものも。
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まずは製塩に関する展示。
製塩に使われた道具や、手順を記したパネルによる製塩法が紹介されています。
塩作りはとても手間のかかる作業だったんですね。
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遠浅で製塩に適していたという行徳の海岸。
徳川家康の保護・奨励により、江戸時代を中心に製塩が発展しました。
作られた塩は水路で江戸城まで運ばれ、たいへん重宝されたとか。
塩だけでなく人の往来も盛んとなり、行徳街道は成田山詣のルートとして繁栄していったのです。

昔の海苔作りを再現したものや当時の道具をみると、機械化された現在とはかなり異なるのがわかります。
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漁師さんの前にある木のようなものは、海苔の種(胞子)を付着させ生育させる材料となる「ひび」。
冬場の干潮時になると、ベカ舟に乗ってひびについた海苔を収穫していました。寒空の中、手作業です。
収穫した海苔は、洗浄ののち刻んですいて乾燥させます。
市川市HPによると、行徳での海苔作りは戦後になってからとのこと(該当ページ)。
明治政府が製塩を奨励したため、海苔を作りたくても作れなかったとか。

市川の交通に関する展示。
流通手段として河川が重要な地位をもっていたことを、改めて実感させられました。
そして行徳が水路交通でいかに栄えていたかも。
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手前は行徳船、背面に笹屋うどんが描かれた江戸末期の屏風と看板。
2007年の行徳街回遊展では現地に屏風のレプリカが展示されましたが、本物はこちらにあります。
船での往来が盛んだった時代、笹屋うどんは人気店だったことでしょうね。
頼朝が訪れたかどうかは、今となってはわかりませんが…。

いやほんと、行徳中心の展示内容ですわ。できれば行徳地区で展示してほしいぐらい。
こういう博物館があることを知らない行徳住民も多いんじゃなかろうか?
もちろん他地区の展示も見どころ豊富なんですけどね(大野の農家を復元したものや日本体育の父の紹介など)。

それから内容のリニューアルがなされていないようで、展示パネルが古かったりするのもある意味貴重。
市川市のイラストマップなんて、妙典駅も京葉線もないどころか、妙典あたりは「消えゆくハス田」ですものね。

行徳の製塩業に興味を抱いたら、市川歴史博物館を訪れてみてください。
遠いけど、隣には考古博物館や貝塚もあるし一度は行く価値あるかも。

市川歴史博物館
千葉県市川市堀之内2-27-1
TEL:047-373-6351
開館時間:9:00-16:30
休館日:月曜日・祝日・年末年始(12/28-1/4)
      ※月曜日が祝・休日の場合は開館し、翌日の火曜日が休館
入場無料
交通:北総開発鉄道 北国分駅より徒歩10分
    JR市川駅より京成バス「堀の内三丁目」下車、徒歩10分
             京成バス「博物館入口」下車徒歩10分
             京成バス「国分操車場」下車徒歩15分
駐車場:有(考古博物館と供用)

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